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025
アスガー・ファルハディ監督 『彼女が消えた浜辺』 2009 イランゴルシフテ・ファラハニ タラネ・アリシュスティ シャハブ・ホセイニ メリッラ・ザレイ 先ずは脚本の洗練さに感服。何を見せないで、何を語らないで時間を進めて行けば何処を隠せるか。嘘をばらすのはどの時点ですべきか。何故に知っていたことにすればいいのか。何を隠しておけば何処に繋げて行けるのか。 そして子供の画を何処に入れ込めば隠したまま先に進めることが出来るのか。 最後に何が見えるのか。繰り返す波音だけが虚しく耳に残る。 ファースト・カットとラスト・カットの象徴性も抜群で、それぞれの意味を観る者に考えさせる。 主人公の女優さん以外の役者たちも表情と言い仕草と言い明解でよかった。 偶然にもこの監督の新作の試写会の招待状が先週届いた。とても愉しみ。
024
小津安二郎監督 『その夜の妻』 1930 松竹岡田時彦 八雲恵美子 山本冬郷 斎藤達雄 市村美津子 80年以上前の作品。小津さん27歳、脚本の野田高梧37歳。サイレント。 小津さんらしい尖がったアクションつなぎと音を感じさせるズーム。 現代の映画がいかに貧しいかが示される。 自分も含めて恥ずかしい限り。
023
ジョシュア・マーストン監督 『そして、ひと粒のひかり』 2004 米・コロンビアカタリーナ・サンディノ・モレノ イェニー・パオラ・ベガ ギリエド・ロペス 何もかも中途半端でこれが中南米の現実と言われてもなぁ。
022
是枝裕和監督 『ワンダフルライフ』 1999ARATA 小田エリカ 寺島進 内藤剛志 谷啓 伊勢谷友介 芝居を自然に見せようとするほどに映画ががたがたになってしまうような作りなのだから仕方がないのかも知れないが、これならラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』のように虚構に徹した方が描きやすかったのではないだろうか。はたして思い出を探すビデオを古い映像の様に見せることに何の意味があるのだろう。立ち止まっている映画製作者たちの気持ちを、特に女の子のこころを描くなら前世を少しでも語ってよと言いたくなる。 しっかりと芝居をする白川和子と由利徹の方がリアリティーがあるように見える。
021
ニック・カサヴェテス監督 『私の中のあなた』 2009 米アビゲイル・ブレスリン ソフィア・ヴァジリーヴァ キャメロン・ディアス ジョーン・キューザック 映画としては、不謹慎かも知れないが、おもしろい問題であるにも関わらずつまらない。アメリカ映画の典型でしかない。ここで止まってしまってはつまらない問題ではあるが、踏み出せば限られた監督しか扱わなくなるだろう。 例えば肉親のドナーを口がきけない状態、もしくは意志を持たない状態で作ったらどう言う展開を見ることが出来るだろうか。それは法的に宗教的にどう解釈するのだろう。はたして人間と呼べるものなのかも怪しくなる。ただ人間がおいしいと感じるように生きものを作り変えることが出来る現代だからすでに行われているのだろう。 作り過ぎだがアレック・ボールドウィンとジョーン・キューザックの設定が功を奏している。 娘役のふたりの女優のような存在は日本にいないのかな。いればもっと面白い作品が出来そうだが。
020
北野武監督 『ソナチネ』 1993 松竹ビートたけし 大杉漣 寺島進 渡辺哲 勝村政信 国舞亜矢 この監督の作品は半分ぐらいしか観ていないが『その男、凶暴につき』『HANA-BI』『座頭市』『Dolls ドールズ』はつまらなかった。『あの夏、いちばん静かな海。』『菊次郎の夏』『BROTHER』はおもしろかった。 おもしろかったのは考えてもいなかった発見があったから。 この作品は前者。展開が見えてしまう。
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