文学は熱い火である

マリオ・バルガス=リョサ『緑の家』上・下 (岩波文庫)

a0091515_6385490.jpg誰がしゃべっているのか。誰としゃべっているのか。何処で何時しゃべっているのか。先なのか後なのか。何についてしゃべっているのか。そこには誰と誰がいるのか。誰と誰はどう言う関係なのか。これは一体何を指しているのか。作為的に読み辛くし構造を複雑にし話を難解にして非現実的、あるいは幻想的な雰囲気を纏う。何のために。ただひたすらに圧倒的な量と質の生と死を。それらを覆う虚無を語り尽くすために。
ちょっと期待外れ。これでも饒舌さが足りない。それでも未だ言葉数に満足出来ない。あのめくるめくような読書の陶酔感がない。(リーディング・ハイと言う言葉はあるのかしら)
それぞれの物語はやがて集約していくのだが、カリスマを置かないとアマゾンのカオスの非合理のイメージがうまく結実出来ない。やはりそれだけ『百年の孤独』と『族長の秋』の呪縛から抜け出せないでいる訳か。
僕のラテンアメリカ文学の出発点は、小説ではないが、構造主義のクロード・レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』で、その魅力を増長させたのが向一陽『奥アマゾン探検記』だった。 また船戸与一の『山猫の夏』を始めとするラテンアメリカものも影響している。とどめは開高健の『オーパ!』と『もっと広く!』。そこから世界を見る。
現実世界にサンタ・マリーア・デ・ニエバはあるのだろうか。そこへ行くことは出来るのだろうか。

by costellotone | 2011-08-21 06:52 | 読書 | Trackback | Comments(2)
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Commented by yurinippo at 2011-08-31 08:46
ものすごく複雑な迷路を長いこと歩いて出口にたどり着いて、そして上から眺めてみたら意外と迷路は小さかった、みたいな(笑)

『オーパ!』は私も大好きです。アマゾンの魚釣り楽しい!
『悲しき熱帯』は上巻だけしか読んでないので、最後までちゃんと読もうと思います。
Commented by costellotone at 2011-08-31 09:05 x
ブルース・チャトウィン『パタゴニア』も小説ではないけれど想い出深いです。だいたい中南米ものって小説とか紀行文とかの境界が曖昧でおもしろいです。どちらにしても驚くことばかりだし、幻想的だし、想像力を発揮しないと読み進めることが出来ないし。
先日リョサの「子犬たち」を読みましたが、これは大好き。涙誘発キラキラです。
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