迷子になった神様

吉田修一『春、バーニーズで』(文春文庫)読了。

a0091515_821683.jpg57年ここまで生きて来て思い返せばずっと自分はつながっていたようでそうではない妙な区間と言うか別な流れがあったような気がする。本流はちゃんと時間軸に沿ってあると思うのだけれど、それとは少しずれたような、剥がれたような時空間の短い帯のようなものがそこここにある。ちょっと浮いてしまったような逸れてしまったような時期。断絶された気持ちとか気分の、と言った方がいいのか。
市川準の映画ではこの短編集のそれぞれのそこの部分をうまくつなぎ合わせて描かれていたのだけど、文章ではなく映像なので心持ち印象が強過ぎて、日光のホテルから東京に戻って、時に再び新宿の「バーニーズ・ニューヨーク」で買い物をし、何時か義母もなくなってしまう暮らしにもやはり断絶として居座るような気がする。
でもこの短編集では最後の話である「楽園」があることで断絶された気持ちの帯さえも一本につながる。

ずっとビル・エヴァンスを聴きながら。

by costellotone | 2011-11-02 08:06 | 読書 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://costello.exblog.jp/tb/13926005
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< パーフェクトな使用人に人生はないの 夜はいま >>