斎藤環 『生き延びるためのラカン』 (ちくま文庫)
一気に読んだ。が、「わかればわかるほどわからなくなる」 アフォリズム的な言葉は腑に落ちるようで何かが引っ掛かって不快感が残る。ように出来ているのか。それでいいのだと言えば落ちるか。 今はそういうことにしておいてほしい、で話を進めて行くのは納得出来かねるが。 それと音による連想だが頭の中で「去勢」が「虚勢」と間違えて解釈しようとするのにも困ったもの。 で「対象a」を著者個人的に解説して欲しい。「乳房」「糞便」「声」「まなざし」について。 そこにいた私に私は帰ろうとしている、と言うことですかね。
by costellotone
| 2012-02-19 08:12
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