The Life of Party

a0091515_736964.jpgドノソ 『夜のみだらな鳥』 (集英社「ラテンアメリカの文学」)

やっとのこと読み終わった。と言っても半年ほど中座し大半はこの3日間で読んだ。
(読書がやたらと進む時期ってあるでしょう。読んでるそばから情景が浮かんでがしがし進めるような。そんな時なんだ今は。特にラテン文学は誰が誰と何について何時喋っているか不明瞭だが(私が誰だか解らなくなる)、それが愉しいから今は余計に愉しい)
腐った花が咲き乱れる中にあって、一番悍ましかったのは、屋敷に棲むせむし、かたわ、大女、白子、大頭などあらゆる畸形・侏儒・不具らからの輸血の描写。それらの血が入り混じって身体にゆっくりと注入され行く快感。
先日観た『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』のルイス・ブニュエルが映画化を熱望したそうだけれど、ホント誰か映画にしてくれないかな。トッド・ブラウニング監督『フリークス』のように倫理的観点からとか言う規制がかかるかも知れないが、でも寺山修司だってねぇ。

P.S. 悍ましいと言うか忌わしいと言うかそう言う嫌なイメージをひとつ、忘れそうなので(忘れられればいいのに)書いておく。
これは実際に何かの映像で見たのか、文章として読んだのか、はたまた夢なのか、それとも僕の無意識が何時の間にか作り出したものなのかも解らないのだが。
豚とか犬とかの胎児のような生まれたてのピンク色の生きものが5,6匹もぞもぞと蠢いている。まわりにはねばねばとした何か解らないものが散らばっている。大きさはよく解らないがとても小さいことだけは確かのようだ。もしかしたら1㎝ほどかも知れない。みんな短い手足を震えるように動かし頭を捻ったり身体の向きを変えたりしている。どうも目が見えてないようだ。そのうちにそれらが性交を始める。その行為は一瞬で終わりすぐに相手を変えて同じことをする。牡と牝の区別がない。しばらくすると動きが鈍くなり眠ったようだ。見ているとそれぞれのお腹が膨らんで来て身体が痙攣してぼろりと赤ん坊が出て来る。双子や三つ子や四つ子などなど。生まれたての赤ん坊と生んだ親である生きものは見た目も大きさもあまり変わらない。出て来た赤ん坊は動かない親たちを食べ始め、食い散らかした後でまた性交を始める。赤ん坊が生まれる。それが永遠に繰り返され増殖されて行く。
つまり赤ん坊が赤ん坊を生み続けると言うイメージに嫌悪するのだが、これは何かの小説にあったのだろうか。誰か同じような文章、または映像を知っていますか。
ま、どっちにしろメタファーなんだけどね。何かのね。

連鎖だけど。
そう言えば昔殺した妊婦のお腹から胎児を出して替りに電話機を入れたと言う事件があったっけ。

関係ないけど、福島の巨大な瓦礫の山の中で暮らす闇の子供たちの話を誰か書かないかなあ。何処からか拾われて来たのか降って湧いたのか解らない畸形児たちと婆さんらの話をそそり立つ原発をバックに。野坂昭如と開高健と中上健次と筒井康隆を足したようなド太いエネルギッシュな奴。小松左京の『日本アパッチ族』のような何もかも食い尽くすような。

最後に巻頭のエピグラムを写す。
「分別のつく十代に達した者ならば誰でも疑い始めるものだ。人生は道化芝居でもないし、お上品な喜劇でもない。それどころか人生は、それを生きる者が根を下ろしている本質的な空虚という、いと深い悲劇の地の底で花を開き、実を結ぶものではないかと。精神生活の可能なすべての人間が生まれながらに受け継いでいるのは、狼が吠え、夜のみだらな鳥が啼く、騒然たる森なのだ。」
その子息ヘンリーとウイリアムに宛てた父ヘンリー・ジェイムズの書簡より。
by costellotone | 2012-02-24 08:01 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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