泣かない赤ちゃんは、ミルクをもらえない

a0091515_1495784.jpg高木徹  『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』  (講談社文庫)

伊藤計劃『虐殺器官』を読んだ時に、これだけの情報ではこの作品世界を理解させることは出来ないと思ったのは、やはり「ジョン・ポール」の仕事内容とボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の特異性を説明していないからだ。何故バルカン半島のちっぽけな内戦の一国が世界的コンセンサスを形成出来たのかの秘密を。
で、このノンフィクションだ。この本を読まなければ片手落ちだ。
「エスニック・クレンジング」→「民族浄化」と言うたったひとつの言葉=キャッチ・コピーがセルビアを全世界の敵とみなしてしまった。何処まで行っても内戦だから決して正義と悪に明確に分けることが出来ないはずのものをきれいさっぱり短時間で分別してしまった。どちらの民族にもそれなりの正当な言い分があるのは当然。しかしセルビアにそれを訴える場所を与えなかった。そのために今もセルビアは必要以上に貶められているし、そのことに因って虐殺された人々も多いはず。これは異常ではないか。モスレム人がセルビア人を虐殺したことに誰も耳を貸さない。これはアンフェアではないか。ナチと徹底抗戦したのがセルビア人であったにも関わらず。
何故中東のようにはアメリカの利益にはならないヨーロッパの裏庭へ軍事力を介入させたのか。アメリカの大統領選と同じように情報操作の優劣が正義の側を決定する。PRとは「さまざまな手段を用いて人々にうったえ、顧客を支持する世論を作り上げること」。クライアントのメッセージは「モスレム人支持、セルビア人非難」
この本に登場した政治家たちは全員舞台から去りPR会社とそのスタッフは当時以上に活躍している。
よって伊藤計劃『虐殺器官』の読後感は虚しい、儚いと知る。 

by costellotone | 2012-04-16 14:19 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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