空に泥を投げるとき

a0091515_1656515.jpg石牟礼道子 『苦海浄土 わが水俣病』 (講談社文庫)

水俣病を目にしたのは1971年に発表されたユージン・スミスの写真集『ミナマタ Tomoko Uemura in Her Bath』でだった。後に桑原史成の写真集も見た。
僕が生まれた1954年頃から発病した食物連鎖による公害病。原因は化学工業会社「チッソ」(旧・新日本窒素肥料株式会社)が海に流した廃液に含まれた水銀だった。最初は辺り一帯の猫が踊り狂って全滅。次は人間。
見たこともない光景を眼前に突きつけられ、聞きたくもない声を被せられ、抱えきれない思いを背負わされ、腐臭の中で立ち尽くした著者の表現力を想像力を駆使した文字による闘いで、ある種稚拙でもある事件の壮絶な在り様に一行読んでは目線を本から離し宙を彷徨う。文章は美しく昔からそうであったであろう不知火の風景とひとびとを無邪気に浮かび上がらせるのだが読みたくはない。これはノンフィクションではなく小説である。もどかしい。情けない。でも「物語」の力を信じる。だからこの「物語」を持って生きていくしかない。
美しいほど残酷なのか。残酷なほど美しいのか。ワカラン。
読まなければ解らないことがあるからぜひ読んでみて下さい。(今回読んだのは文庫本だったが池澤夏樹編集『世界文学全集』では三部作全て収録されている)
「チッソ」水俣工場は今もそこで稼働している。見に行こう。

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彼らや彼女らのうちの幾人かはすでに意識を喪失しており、辛うじてそれが残っていたにしても、すでに自分の肉体や魂の中に入りこんできている死と否も応もなく鼻つきあわせになっていたのであり、人びとはもはや自分のものになろうとしている死をまじまじと見ようとするように、散大したまなこをみひらいているのだった。半ば死にかけている人びとの、まだ息をしているそのような様子は、いかにも困惑し、進退きわまり、納得できない様子をとどめていた。
by costellotone | 2012-05-30 17:06 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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