ソトオリヒメ

a0091515_22464346.jpg沼田まほかる 『九月が永遠に続けば』 (新潮文庫)

後味の悪い、嫌な汗をかくミステリー小説を「イヤミス」と言うらしく湊かなえの『贖罪』と共にその代表作らしい。
伊藤計劃の『虐殺器官』を読んだ時に先ず思ったのは、設定を作り込んでそれを解説しているだけの作品ではないのかと言うことだった。読むものの心に何の働きかけもない。ただ単に知らないことことを知っただけ。知識が広がっただけ。あの小説を読んでから何か変わったことがあっただろうか。
この小説もそう言う意味では同じだった。設定だけだ。小説の時間は物語の時間ではなく解説の時間だった。人間がいないと言うか、心に何も働きかけて来ない。大体主人公の輪郭描写が希薄。言葉数が足らないのではなく普遍性がない。ちょっとした言葉使いや仕草に読者は共感して、または自己を投影して人物像を描いていくものなのにそこが粗雑に思える。たまに的外れとも思える描写をする。よって彼女の息子に対する盲目的な愛が理解出来ない。
冬子は兄妹の子どもだと思っていたのに、爪はDNAを知っている象徴だと思っていたのに。
はっきりつまらなかった。

by costellotone | 2012-10-09 22:51 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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