レコード棚から-27

Talking Heads - Remain In Light (1980)
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 1960年代後半からニューヨークではルー・リード率いるヴェルヴェット・アンダーグラウンド、イギー・ポップ、ニューヨーク・ドールズ等が、他のカルチャーやメディアも取り込んでパンクと言う新しいカテゴリーを形成していたが、ロンドンで1975年にセックス・ピストルズが怒りののろしを上げると、世界中にパンクの炎が燃え上がった。しかしパンクは、パンクがパンクであるがゆえに、1970年後半には急速に収縮し始め、時代はポスト・パンクを模索する。
 デビッド・ボウイは1977年『ロウ』を発表、日本のイエロー・マジック・オーケストラも1978年テクノを確立し新たなる流れを目指す。そんなニューウェイブの中で、ニューヨークで学生の分際で1977年にデビューしたトーキング・ヘッズは、デヴィッド・バーンの尖がったセンスに引率されて、(もちろんブライアン・イーノに助けられ)メイン・ストリームに飛び出して行った。
 1980年10月、運よくニューヨークにいた僕は、発表されたばかりのアルバム『リメイン・イン・ライト』の最初のコンサート(Radio City Music Hall)に立ち会うことが出来た。先ず驚いたのは、このバンド4人だったはずだが何人ステージにいるのだ、と言うことだった。
 それまでトーキング・ヘッズのアルバムは全てリアル・タイムで聴いていたが、このアルバムは未だ聴いていないうちにライブにぶつかることになった。当然テクノっぽい音のが来ると予想してワクワクしながら待っていたら、鳴り出したのはアフリカン・ダンス・ビートと言うかファンクと言うか、とにかくテクノのように無機質的ではなく肉感的なうねりで、単調なフレーズの繰り返しのコラージュの上に、跳ね続けるパーカッションと熱を内包したバーンの歌声と奇怪な踊りが舞っていた。その横でそれまで見たこともない、禿げ上がった人がくねくねと歪むギターを弾いていて、これが凄かった。もちろん変態ギタリスト、この後でキング・クリムゾンに加入するエイドリアン・ブリューであった。
 この時のコンサートが僕の生涯ベスト・ライブになりました。後でこのアルバムも、以前バーンとイーノで製作した『My Life In The Bush Of Ghosts』も聴きましたが、あの時の目も眩む圧倒する音のうねりは体感出来ませんでした。もちろん直後の「新宿厚生年金」での来日コンサートも見に行きましたが。
 数年後映画として観た『ストップ・メイキング・センス』はそれなりにかっこよかったけれども、何か遠い日の舞台の記録としての懐かしさしか感じられませんでした。
 まあ、一生に一度の体験と言うことでしたね。
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P.S.1 上は「リメイン・イン・ライト」を熱く語るPOLYSICSハヤシ教授。
P.S.2 いとうせいこう先生の生涯ベスト・ライブは、先日の武道館でのBECKとblogに書かれていました。
by costellotone | 2007-04-22 15:42 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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