11、最後に - その4
2軒目のパン屋さんで2年近くアルバイトのまま働きました。全体の流れや細かい作業の仕方を覚え、季節ごとのパン生地の状況や作業内容の変化が理解出来たら1年で辞めようと思っていたのですが、新しく入って来た若い子が先に辞めてしまったり、それなりにみんなに頼りにもされてしまい辞めにくくなっていました。 それでも辞めなければならなくなったのは腰を痛めてしまったからです。この店は駅前にあり、周りに会社なども多くあって繁盛していたので1日の仕込みの量がかなりありました。加えて成形された冷凍生地を一切使っていないので自分のところで全て仕込んでいました。朝から食パン生地、フランス生地、菓子生地、ロール生地など各種類を20kgぐらいずつ仕込み、1日に2,3回転させていました。計量、ミキシングなどの「仕込み」を担当すると2ヶ月の間毎日この作業を繰り返します。先にも書いた通り、ゆるいパン生地を持ち上げるのはかなりの力が要ります。腰を落としてミキサー・ボールの中の生地を一気に持ち上げてバンジュウ(番重)に移します。(20kgの粉で生地はだいたい40kgです) 書くとたいしたことないように感じますが、実際の作業は重労働でした。毎日腰が痛くて湿布を貼ったりサポーターを巻いたりしていましたが結局医者へ行って診てもらうと、休まないと痛みは取れないと言われてしまいました。 眼が充血したこともありました。痛くもかゆくもなく自分では気が付かなかったのですが、ある日突然仕事仲間に眼が赤いと言われました。次の休みの日に目医者へ行こうと思っていましたが、4,5日後には赤みはひいてしまいました。多分これも疲れからでしょう。 と言う訳でこれでパン屋修行は終わってしまいました。当然この時点でパン屋になることも諦めました。具体的な計画も何も出来ていなかった訳ですから当たり前ですが。 仕事を辞めるとパン屋さんの社長に告げたところ、この社長が経営しているレストランで働かないかとお誘いを受けました。ここから先の3年近くはパンとは関係なくなるので後日。 パン屋さんで働いていた時に気になった油脂のことを書いておきます。 パンを焼く時に乗せる天板や食パン型などには生地がはがれやすいように油脂を塗ります。これは業界では離型油と呼ばれるもので、食パン型などには毎回、天板は汚れた時に塗っていました。この油脂は家庭で普段使っているようなサラダ油などではないようで、一斗缶に入っていて固まっていました。小さなモップのようなものでこの油脂を塗っていました。もちろん口に入っても問題はないとは思いますが素人には解らない化学的に改良された油脂のようでした。 もうひとつ気になった油脂はクロワッサンやデニッシュに折り込むバターのようなものです。家庭でこれらを作る場合は常識的に市販されているバターを薄く正方形に伸ばして使うのですが、業務用には「バター風味」のマーガリンや油脂と言う商品がありまして、すでに正方形になったものが冷凍にされています。熟成バター風味だとか発酵バター風味だとかあったり、「バターのような香り」のする油脂だとかあります。一度幕張メッセで催された製パンの見本市へ行ったことがありますが、この種の油脂が何十種類とあって驚きました。よく街のパン屋さんからクロワッサンなどを焼くバターのいい匂いが漂って来ることがありますが、もしかしたらこのような油脂だったのかも知れません。 ショートニングの他にも「製菓改良脂」とか「粉末油脂」とか油脂の世界は不気味です。化学的な製品では他に発酵促進剤(イーストフード)とか生地改良剤(BBJ)とかも一般的なパン屋さんでは使っています。これらによっていつまでもふっくら柔らかなパンが出来たり、フランスパンの気泡がよく出来たりします。コンビニやスーパーなどで売られているパンの材料表示の中には保存料や着色料、膨張剤、保湿剤、増粘剤、安定剤などやカタカナの訳の解らないいろいろなものが書かれています。もっと心配なのは、街のパン屋さんのほとんどは商品が袋に入れていない状態で並べられ、お客は自分でトングでトレーに乗せてレジへ持って行って袋に入れてもらいますが、この場合は原材料表示の義務がないので何が添加されているのか全く解りません。フィリングやトッピングで使う業務用製品にはとにかくいろいろなものがあります。ホイップ・クリームとかチョコレート、カスタードやマヨネーズなども不気味なものがありました。 ついでに想い出を少し。 このお店で働いて1番楽しかったのは年に1度の3日間の大売出しの時でした。よりによって僕がオーブンを任されてしまい格闘ゲームをやっているようなパニック状態でした。ひとりで6つのオーブンを見るのですが、ひとつで天板が4枚入り、それぞれ違う種類のパンを焼かなければならないのです。自分が今何をやっている最中なのかも解らないほど頭が真っ白の状態で、タイマーが鳴っても聴こえません。もちろんどのオーブンに何が入っているかも解らないまま作業をしていました。当然焦がしてしまう時もあるのですが、反省している暇もなくすぐに捨てて目の前から葬り去り次の作業へ向って行きました。本当に大変だったけれどとても楽しい想い出です。祭りでしたね。 クリスマスのシーズンも楽しかったです。パン・ド・ノエルやシュトレーン、パネトーネ、リース・パンなどこの時期にしか作れない商品を作っていました。チョコレートでコロネをコーティングしてツリーのパンも作りました。 反対に嫌だったのはアンパンマンやドラえもんのパンの顔を描く作業。2、3cmの小さな生地が天板1枚に30個並んでいて、これにひとつひとつチョコペンのようなもので顔を描かなければならないのですが、ド忙しい時にこの天板が4枚もホイロから出て来た時の気分はちょっと表現し難いですよ。落胆よりも情けなかったですね。たまにウィンクさせたりアッカンベーさせてりして気分を紛らわせていました。 悲しいのは1日の終わりに売れ残ったパンをゴミ袋に入れて捨てる時。一応普通のパン屋さんはその日のうちに作ったものは翌日売らないことになっているようです。もちろん店員やアルバイトの子が家に持ち帰っていいのですが、雨の日や予想に反して作り過ぎてしまう日もあって、そう言う日の夜は捨てなければなりません。早朝からみんなで一生懸命に作ったパンを捨てる訳ですから悲しくもなります。今でも残ってしまったパンを捨てなければならない時が当然あるのですが、やはり悪いことをしていると感じますし情けないですし悲しいです。 ではまた次の機会に。
by costellotone
| 2008-04-09 13:04
| パン
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