117
ダニー・ボイル監督 『トレインスポッティング』 1996 英ユアン・マクレガー ユエン・ブレムナー ジョニー・リー・ミラー ロバート・カーライル イギリスの悩みなんて解らないがいかにもブルーカラーの青春映画で60年代の「モッズ」を描いたフランク・ロダム監督『さらば青春の光』の90年代版か。それよりもかなり斬新な映像なったのは悩みが複雑で深くなった証明と言う面もある。 「ブリッドポップ」の頃の話だが話自体はつまらない。
116
高橋伴明監督 『光の雨』 2001萩原聖人 裕木奈江 山本太郎 池内万作 鳥羽潤 大杉漣 小嶺麗奈 原作の立松和平の小説が出版されるとすぐに読んだのだが、小説の技巧に逃げ込んだように思えて消極的な印象しかなかった。小説としてはいいと思えるのだが、だからこの映画化作品を遠ざけていた。 しかしこの映画はよかった。 小説の技巧に紛れてしまったものを映画化と言うもう一つ階層を足して逆に一気に深化させた。メタ映画であると同時に監督のアイデンティティーも模索した。ようにも見れるような構造にした処が勝因だ。 しかし最後にはやはり「監督」がハーモニカを吹き「インターナショナル我らがもの」と歌う。
115
ジャック・リヴェット監督 『セリーヌとジュリーは舟でゆく』 1974 仏ジュリエット・ベルト ドミニク・ラブリエ マリー=フランス・ピジェ 魅力的なものは何もなく何処が評価されているのか全く解らなかった。 ただただ3時間睡魔と闘っていただけ。
114
今村昌平監督 『盗まれた欲情』 1958 日活長門裕之 南田洋子 滝沢修 喜多道枝 小沢昭一 西村晃 菅井きん 今村監督の作品は全部観ていると思っていたらこの初監督作品を見逃していた。 だいたい題名が似たようなものがあって間違えるのだ。 原作は今東光「テント劇場」で河内の芝居一座もの。 今村監督得意のドタバタとした喜劇でとても映画らしい映画。 今村監督も長門裕之も南田洋子ももういない。
113
ジャン=ジャック・ベネックス監督 『ベティ・ブルー/インテグラル』 1992 仏ベアトリス・ダル ジャン=ユーグ・アングラード コンスエロ・デ・ハヴィランド 1986年のオリジナルを観ていないので較べようもないが1時間近く延びたところでよくはならないだろう。 コッポラ『地獄の黙示録』もそうだが、一度捨てたものは戻すな。 映画ってそう言うことを言うことではないのか。そこにある何かを。 どんな小説を書いているのか知らされないし小説家の信憑性も希薄。
112
橋口亮輔監督 『ハッシュ!』 2001田辺誠一 高橋和也 片岡礼子 光石研 秋野暢子 冨士眞奈美 つぐみ 自分の知らないホモセクシャルな感覚が興味深くいつの間にか強く引き込まれていた。 と言うことは表現されたものは普遍的なことで、そこまで理解させる演出力あると言うこと。 3人以外もみんな役者はよかったが高橋和也は特出していた。 3人の顔を見せずに後姿だけで表現したクライマックスの河原のシーンは秀逸。 あの後同僚の永田(つぐみ)は自殺したのだろうか。これも見せなかったのも後を引きずっていい。
111
ベルナルド・ベルトルッチ監督 『暗殺の森』 1970 伊・仏・西独ジャン=ルイ・トランティニャン ドミニク・サンダ ステファニア・サンドレッリ 前に書いたがこれとリリアーナ・カヴァーニ『愛の嵐』、デ・シーカ『悲しみの青春』、ヴィスコンティ『地獄に堕ちた勇者ども』の4本立てを20歳の頃に池袋「文芸坐」で観て以来だった。 話しはこれと言って斬新な処はないのだが、これも今となっては古典的と言うしかない映画の様式美で、没落ファシストの頽廃的で官能的な在り様を彩っている。 裏切りとホモセクシャルと暗殺を。 舞踏と森と記憶の中で。 精神病院で拘束衣を着た父親が言う。「国家が個人の幻想に従わぬなら、個人が国家の幻想に従うはずはない」と。
110
衣笠貞之助監督 『狂った一頁』 1926井上正夫 中川芳江 飯島綾子 根本弘 関操 南栄子 衣笠監督のこの作品と『十字路』の2本立てを観たのは確かに20歳以前だったが何処で観たかは忘れた。 川端康成原作・脚色のドイツ表現主義的な前衛映画でよくもこの時代(昭和元年)の日本でこんな実験的な映画が成立したのかと驚くばかりだが当然ドイツのロベルト・ヴィーネ監督『カリガリ博士』(1920)の影響で設定も精神異常者の話と同じである。 しかし『カリガリ博士』の方は乾いた美術的な香りがするが『狂った一頁』は江戸川乱歩や夢野久作等の、あるいは寺山修司のようなおどろおどろしい土着的な感じがするのは女性が髪を結って着物を着ているせいもあるか。ちょっと貞子的でもあり新興宗教的でもある。 ホラー映画と言えるかも知れませんがどちらにせよキチガイ病院です。
109
スタンリー・キューブリック監督 『突撃』 1957 米カーク・ダグラス ラルフ・ミーカー アドルフ・マンジュー ジョージ・マクレディ キューブリックはどの作品でも問題提起の前に先ず娯楽性なのだ。観客を愉しませることを最優先させ、言いたいことはその次だ。 これは映画の基本かも知れないけどそれにしてもその姿勢は立派。 『博士の異常な愛情』でも『2001年宇宙の旅』でも『時計じかけのオレンジ』でも『シャイニング』でも『フルメタル・ジャケット』でも完璧さの追求は観客を愉しませることとイコールだ。 突撃シーンは目を瞠る。
108
金井勝監督 『時が乱吹く』 1991城之内元晴 金井勝 高橋孝英 高橋葉子 むささび童子 『微笑う銀河系・三部作』のうちの『王国』を観たのは何時何処でだっただろう。 日本の実験映画・個人映画の作家=金井勝のこれも3本の短編で構成されている、同じくアンダーグラウンドな映像作家である亡くなった城之内元晴へのオマージュ的な作品。 ある部分笑ってしまうような稚拙さの中に鬼気迫る詩情が表現されている。特に最後の『ジョーの詩が聴える』の中で朗読される城之内元晴の詩「新宿ステーション」は圧巻。 16㎜カメラの「ボレックス」でおでんを撮影するとカメラから生フィルムが出て来ておでんの中へ入り撮影済みのネガ・フィルムとなって煮えた大根の表面から出て来る。何だろう。 < 前のページ次のページ >
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