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だるまさんが転んだ

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a0091515_6103941.jpg諏訪敦彦、イポリット・ジラルド監督 『ユキとニナ』 2009 仏・日
ノエ・サンピ アリエル・ムーテル ツユ イポリット・ジラルド マリリン・カント


この作品と映画学科の学生たちが作った作品と何が違うのだろう。
この監督は現場で感じて考えながら演出をしている。役者もその場で感じて考えて動いている。監督がふたりいるのも影響しているだろう。カメラマンを始めスタッフもそうだろう。現場での想像力が唯一の力でれが作品に映し出される。
しかし学生たちの場合は予め頭の中でマンガを描く時のようにコマ割りをしてしまい、そのコマの中に芝居をはめ込んでいるのではないか。つまり頭の中で意味のある事にしかコマを与えていない。シナリオと現場の中間の時点での「頭の中で意味のある事」にだけだ。(それ以上に、本人が意識していないにも関わらず、カメラの位置や構図、役者の立ち位置や芝居の流れや台詞の言い回しさえも決めてしまっているかも知れない)その頭の中のイメージに囚われてしまい、現場に役者が立ち現われてカメラが据えられてもそれ以上に想像力が働かないのだ。
役者もスタッフも現場以前に細かなことを考えてしまう。カット割りとかつながりとか。そのことによって映画がひどく狭く固くなり身動きが取れなくなってしまうのだ。
カット割りとかつながりなんて考えない方がいい。と強く学生たちに言おう。
もうひとつ。現場で感じ考えるためには何をすべきかを考えることをさせなければならない。これは僕の重要な仕事でもある。
加えて映画でしか表現出来ないことを考えさせよう。大島渚『絞死刑』で死刑囚たちが街中へ検証に出掛けたように、この作品でユキが森を抜けて日本へ遊びに行ったように。

メイキングもとても興味深い。ふたりの監督のずれがよく捉えられている。諏訪は苛立っている。

by costellotone | 2012-04-30 06:18 | 映画 | Trackback | Comments(0)

甘い追憶

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a0091515_7335765.jpgフェデリコ・フェリーニ監督 『魂のジュリエッタ』 1964 伊・仏
ジュリエッタ・マシーナ サンドラ・ミーロ マリオ・ピスー シルヴァ・コシナ


監督の奥さんであるジュリエッタ賛美の映画かと思い敬遠して今まで観ていなかったがとてもシュールで面白かった。どちらかと言えば『フェリーニのローマ』や『8 1/2』のような幻想的な描写で、代表作と言われやはりジュリエッタ主演の『道』よりもよっぽどいい。と言ってもやはり彼女のかわいさは好きになれないのだが。よく比較される寺山修司の幻想性は東北の土着的な暗さが濃いがフェリーニはやはり地中海的で明るい。キュートな天使が遊んでいるような夢のような。
うちの近くの「ツタヤ」には『オーケストラ・リハーサル』『ジンジャーとフレッド』『女の都』もあるのだがフェリーニが好きなスタッフがいるのだろうか。

by costellotone | 2012-04-29 07:35 | 映画 | Trackback | Comments(0)

或る夜の接吻

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a0091515_5373719.jpg井筒和幸監督 『犬死にせしもの』 1986 松竹
真田広之 佐藤浩市 安田成美 堀弘一 平田満 蟹江敬三 今井美樹 西村晃


安っぽい音楽の入れ方とヒロインの華のなさが作品を象徴してしまっている。
瀬戸内の海賊もの俄然痛快そうなのに井筒監督お得意の空回り。
全部欲しがるのがいけないのだが、でもこの監督らしくて好き。

by costellotone | 2012-04-28 05:39 | 映画 | Trackback | Comments(0)

鰐の聖域

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a0091515_552373.jpgヤン・イクチュン監督 『息もできない』 2008 韓
ヤン・イクチュン キム・コッピ イ・ファン チョン・マンシク ユン・スンフン


極悪非道な男が結局はなーんだいい奴だったじゃんと言う映画が多くてうんざりするのだが、この作品も出だしは快調に飛ばしたもののすぐにあれって言う感じで雲行きが怪しくなり結局は同じ穴に落ちた。
ホント、出だしは期待感を募らせる出来だったが残念至極でした。
それにしてもヴィンセント・ギャロの『バッファロー'66』もそうだったが演出が出来る役者の編集は興味深い。

by costellotone | 2012-04-27 05:53 | 映画 | Trackback | Comments(0)

Inner Map

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a0091515_7341445.jpgソフィア・コッポラ監督 『ロスト・イン・トランスレーション』 2003 米・日
ビル・マーレイ スカーレット・ヨハンソン ジョヴァンニ・リビシ アンナ・ファリス


これも生徒の一人がこの監督が好きだと言っていたので。
例えば主人公たちが日本人でニューヨークに行ったとしたらどうだろうかと考えたのだがその場合は僕がアメリカ人にならなければならないのだがやはりつまらないだろうな。
カラオケでプリテンダーズ「恋のプラス・イン・ポケッ」とロクシー「モア・ザン・ディス」を歌いふたりでフェリーニ『甘い生活』を観る東京の騒がしい虚しさ。

by costellotone | 2012-04-26 07:36 | 映画 | Trackback | Comments(0)

いつか森高まで一緒に歩いてやんさる?

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a0091515_631652.jpg山下敦弘監督 『天然コケッコー』 2007
夏帆 岡田将生 夏川結衣 佐藤浩市 黒田大輔 柳英里沙


生徒の一人がこの監督が好きで、『リンダ リンダ リンダ』『松ヶ根乱射事件』『マイ・バック・ページ』は観ているのだが今一つ納得が出来なかったのでこの作品を観てみたのだが途中で既に観たことがあったのに気付いた。その時は理由は忘れたが主人公が修学旅行へ行く前で観るのをやめてしまっていた。普段映画を中途放棄することはないのでどんな訳があったのか。大体昔の作品ではないのに何故観たことを忘れていたのか。解らない。
で、結局とてもおもしろかった。じゃあ以前は何故観るのをやめてしまったのか余計解らなくなってしまった。
いつか別れる、忘れる、消える、誰にでもあるこの一瞬をいとおしむ。そのための演出がされている。
どうして先生に「心配なんは大沢君じゃあね」と言わしてしまったのだろ。ない方がいいと思うのだが何がそうさせたのだろうか。

by costellotone | 2012-04-25 06:37 | 映画 | Trackback | Comments(0)

Gotham City

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a0091515_6282316.jpgクエンティン・タランティーノ監督 『パルプ・フィクション』 1994 米
ジョン・トラヴォルタ サミュエル・L・ジャクソン ブルース・ウィリス ヴィング・レイムス ユマ・サーマン


ここ数日学生に観せたい映画をピックアップしているのだがリュック・ベッソンとクエンティン・タランティーノはそれぞれ1本しか観たことがないことが解ったので観てみた。
シャッフルは魅力的だし細々とした演出もそれはそれで面白いとは思うのだがだから何なのと思ってしまう。
でもこれ以上何かを言うようなことをしたらつまらなく感じるのかも知れない。

by costellotone | 2012-04-25 06:30 | 映画 | Trackback | Comments(0)

雨は愛のようなものだ

a0091515_7153986.jpg島田裕巳 『日本の10大新宗教』 (幻冬舎新書)

高橋和巳『邪宗門』を再読するにあたって読んだ。
京都の大学で映画編集を教えることになった当初、「邪教」を広めに行くと言うような意思であったがあながちそれは外れてはいないだろう。
宗教とはいろいろな「教え」を自分に都合のいいように当てはめて「物語」を作り、その「物語」を生きようとすることなのかも知れない。
著者と同じく東大の宗教学科を出た映画監督の中原俊から飛騨高山にある「崇教真光」に行った時のことを聞いたことがある。その建物のからくりについて語っていた。


さていよいよ『邪宗門』です。2度目ですがとても愉しみ。
読み終わったら映画化を高橋伴明監督に勧めてみようか。
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白紙の世界に言葉で線が引かれ色が塗られ風景が現れひとが現れ会話が現れると物語がゆっくりと浮かび上がり、ページをめくると物語が動き始める。この興奮がたまらない。
by costellotone | 2012-04-23 07:24 | 読書 | Trackback | Comments(0)

透かし彫りのように街がきれいだ 不意に気づく

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a0091515_713666.jpg藤田敏八監督 『赤い鳥逃げた?』 1973 東宝
原田芳雄 大門正明 桃井かおり 白川和子 穂積隆信 内田朝雄


封切りで池袋で観た。
当時通っていた映画学校の仲間内では興奮を持って語られていたが、今となっては何がそんなによかったのか解らない。
鈴木達夫さんがカメラ。助監督がゴジさんでラストの群衆の中に写っている。

by costellotone | 2012-04-23 07:14 | 映画 | Trackback | Comments(0)

チンケに負ける豚もある

a0091515_7113827.jpg車谷長吉 『赤目四十八瀧心中未遂』 (文春文庫)

荒戸源次郎によって映画化されたものは何年か前に観て面白くなかったのだが、原作を読んでみたいとは思っていた。(寺島しのぶがダメなのだ)
先頃読んだ花村萬月もかなり癖のある文体だが、それ以上に刺々しい言葉を陰々と並べて行く。堅牢であって同時にぬめぬめしている。
『百万遍 古都恋情』のは鼻についたがこれはつっかえる読み難さが気持ちいい。この癖は癖になりそうでこのひとの他の作品も読みたくなった。
今度「出屋敷」の駅に降りてみようと思う。三重の山奥にある「赤目四十八瀧」も見てみたい。

―ここに坐っている人は、恐らくみな釣りたいなァと思うているだろう。一尾でもええさかい釣りたい、と思うているだろう。あるいは、終日釣れないで帰る人もいるだろう。けれどもその時、釣れなかったということは、よく釣れた日と同じように何事かであるだろう。それが人生の一日だ。私が今日ここへ来たのと同じように。

by costellotone | 2012-04-22 07:14 | 読書 | Trackback | Comments(0)